劉長卿(りゅうちょうけい、生年:709年、没年:785年)は、中国・中唐時代の詩人で、字は文房。彼の出身地については河間(河北省)の説と宣城(安徽省)の説がある。開元21年(733年)に進士となり、監察御史や転運使判官を経て、岳鄂観察使としても活動。しかし、中傷されて左遷となり、随州(湖北省随県)刺史の職を最後にした。このため、劉随州とも呼ばれることがある。性格は剛直で、権力者との対立があったとされる。
彼の詩は穏やかな山水や田園を詠んだものが多く、激しい感情の爆発は少ないが、その緻密な表現と気品に富む詩風で知られ、特に五言律詩において「五言の長城」と称された。彼の詩集として『劉随州詩集』10巻が知られるが、中には同一の詩句が重複して収録されるなどの混乱が見られる。