【四字熟語】
渾崙呑棗
「渾崙、棗を呑む」とも読む。
【読み方】
こんろんどんそう
【意味】
人の教えのただ鵜呑みにするだけでは、その真理を会得することはできないということ。
【語源・由来】
「渾崙」は黒色・頭・円形などにたとえ、ひとまとめにひっくるめての意味。「呑棗」は棗の実を呑むこと。棗の実をかまずに丸呑みしても、その味はわからないということから。本来、仏の教えについていった言葉。
【典拠・出典】
『碧巌録』
渾崙呑棗(こんろんどんそう)の使い方
授業を聞いていたら、その瞬間はなんとなく理解した気になるんだけど、家に帰って宿題をするとさっぱりわからないんだよね。
渾崙呑棗というじゃないの。予習をして何となく理解したうえで、授業で先生の話を聞いて、さらに復習で完璧に自分のものにするのよ。
なるほど。今までの僕の勉強は渾崙呑棗だったんだね。
そうよ。予習、復習は大切よ。
渾崙呑棗(こんろんどんそう)の例文
- テレビを見て博識になった気でいてはいけない、渾崙呑棗です。
- 講演会で話を聞いて勉強するのはいいけれども、実践しないと渾崙呑棗ですよ。
- 人から話を聞いただけで分かった気になるのは危険、渾崙呑棗です。
- 渾崙呑棗、知合一致、実戦と経験が伴わないと本当の知とはいえない。
- 私は、教育には渾崙呑棗が大切であると思っているので、生徒と社会科見学に行くことが多いのです。